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舞台上にひとり [アートな雰囲気]

とある劇場で、とあるダンサーのソロを観た。ちょっとばかり期待していたというのに、なんだか不完全燃焼。
なので、それは何故か検討してみたくなって、久し振りに書いてみる。

分断する音楽
ひとつの楽曲をベースにした創作ではなく、どこの国のいつの時代かもわからないようなミックス。ミックスするそれ自体は、問題ないのだが、重ねる音源が喧嘩してしまい、観客をどこへも連れて行ってくれない。ダンスという表現形態である以上、音楽の重要性は言うまでもないのに、それが作品への導入を困難にしているとはこれ如何に。

積み上がらない構成
摑みどころのないものが、積み上がっていくことによって、まったく予想しない方向へ連れて行ってくれることもあるのが、ダンスの面白いところ。ダンサーの体力的な問題があったためか、作品がブツブツと分断されている印象は否めず、それ故に積み上がっていかないように感じた。今回、ダンサーと振付家が同一であることから、作品全体の視線が確保できなかったことによるのか。センテンスを活かしながら再構築すると、別の強度を得られたかもしれないが。

説得力に欠けるスタッフワーク
とある演出家が、アフタートークで観客から舞台美術について質問があった際、「僕もよくわからないんですが、いいですよね」と仰っていたことがあった。完璧主義の演出家のことだから、彼のアイディアでないことは間違いないが、多様な解釈を生むデザインであるから採用していたのだと、僕は解釈している。では、今回の舞台美術はどうであったか。なんらかを体現していたのであろう予感はあったものの、それが何であったのか、わからないままであった。勿論、振付家の中ではその答えがあるのだろうが、構成の問題もあり、それは逆に思考を遮るものとなっていたようにすら思う。

ソロダンスは、舞台上で孤独との戦いだ。照明や、音響とのセッションは残されているものの、一身に全ての責任を負わされる。観客の視線も、極度に研ぎ澄まされたものになる。誰も助けてくれない舞台上、孤独と戦いながら、ダンサーは何を思うのか。観客ではあるが、表現者ではない僕としては、それは永遠にわからない。わからないがために、観客の視線で言いたい放題したくなるときもあるということさ。
とはいえ、お疲れ様でした。

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芸術の秋 [アートな雰囲気]

いつから言われるようになったんでしょうね。「芸術の秋」って。このシーズン、僕らの業界は、お客さんの取り合いで、なかなか大変です。

冗談ですけれど、業界内で調整して、スケジュールがバッティングしないように出来たらいいのに、なんて笑っています。
そんなトップシーズン、相変わらずバタバタ。まぁ、このシーズンに閑古鳥が鳴いてるようじゃ、終わってますけどね。

カメラを持って出掛けよ [アートな雰囲気]

先日、うっかりスケジュールミスで30分ばかり時間を潰さなきゃなんなくなった。
ぼーっとする場所が近くで見つからなかったから、本屋の雑誌コーナーを物色。そういや、特に目的なく、ふらりと本屋っちゅーのも久し振りである。
で、カメラ関係の雑誌をぱらぱら。


なんかね。久し振りにカメラを手にぶらぶらしたくなりましたね。うん。ちょっと前にデジカメも新しくしたしさ。

そういう時間って必要だよ。きっと。人としてさ。


ちゅーわけで、この前の休みに写真を撮ってきたんだけどね。
それはまたの機会にアップしようかな。

見えすぎる! [アートな雰囲気]

どうも、どうも。
想像していたとはいえ、へろへろです。時間もないので、とりあえず頑張ります。


先日、ご飯を食べながらテレビを眺めてみたんです。いつもならすぐにCATVへ切り替えてしまうのですが、テレビがついた時に映ったEテレがたまたま面白そうだったので、そのままにしていました。

番組も終盤といったところで、年老いた才能溢れるアーティストが画面いっぱいに映しだされました。見るものに「何か」を訴える、その見えないエネルギーに圧倒されそうになりました。才能というのは、本当に泉のようであると思います。ある人には、あるのです。泉が。
彼の湧き上がる泉に、多くの人が影響を受け、大きな波を創り出しているのでしょう。

が、それだけでない、何かを感じてしまったのです。

それは、忍び寄る「老い」でした。恐らく。

地上波デジタルへ移行して時間が経ちますが、この様に感じたのは初めてです。
画面にいっぱいのアーティストの顔には剃りきれなくなった髭や、年輪のごとき皺が克明に表現されていました。多分、実際にお会いして、隣で話をしていても、この様に感じることはないと思います。
これは、純粋に見えすぎるのです。
技術の進歩というのは、時に容赦ないものであるように感じます。ここまで見える必要は本当にあるのでしょうか。

ただ、この克明さを必要としている現場があることも知っています。
どこだと思いますか。


実は、「医療現場」なのです。

克明に映し出されるそのオペを学ぶのです。毛細血管の1本までがクリアに映し出されることによって可能になったのです。極端な話、映像を通してオペの指示をすることが可能になり、より多くの命を救うことが出来るようになる可能性があるのです。これhが技術の進歩なくして、実現しなかったことでしょう。

ただ。
ドキュメンタリーのテレビにはそこまでのクリアーさは必要ないのではないかと思うのです。僕などは。
見えすぎですよ。やっぱり。


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筆を渡せ! [アートな雰囲気]

はい。今日も禁煙生活継続中。56日目でございます。

休みなく、働き続けてます。自分でいうのもなんですが、バカですね。確実に。
そんな生活ですので、絵を描いたり、写真を撮ったり、映画見たり、美術展に行ったり、出来ていません。文化で心に栄養を与えなければ、死んでしまいます。冗談だと思われるかもしれませんが、これがかなりマジなんで困ったものです。

誰か、僕に筆を渡すべきだ。

キャンバスを前に筆を握り、僕は何を思うだろう。あれは、「降りてくる」という表現が最も近い感覚だ。思うより、考えるより、先に身体が動き出す。日頃の感情が溢れてくる。キャンバスがどんどんと埋められていく。何かを産み出すことで、僕の中に沈澱する何かが整理されていく。

あぁ。あの感覚を、再び手にしたい。


つまり。

休みたい。



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